非正規雇用者は本当に「雇用の調整弁」として機能するのか?

こんにちは。

事業再生支援グループメンバーの弁護士の上山孝紀です。

総務省が2021年8月末に発表した『労働力調査』によれば、7月の雇用者(役員を除く)5656万人のうち非正規雇用者は2062万人と全体の約36%を占めているそうです。

この非正規雇用者には、パート(1018万人)、アルバイト(441万人)、契約社員(274万人)、派遣社員(137万人)などが含まれており、2021年4月からは僅かに増加に転じているものの、2020年1月から2021年3月までの1年以上もの間ずっと減少が続いていました。同じ時期の正規雇用者の数がほとんど減少していないことに鑑みると、新型コロナウィルス感染症の流行によって企業の業績が悪化したため、人件費を抑制する即効性のある手段として、いわゆる非正規雇用者の「雇止め」又は解雇によって雇用の調整が行われているように思います。

そこで、今回は、非正規雇用者の「雇止め」を巡る規制の内容についてご説明します。

 

1 非正規雇用者の「雇止め」とは?

「雇止め(やといどめ)」とは、3か月や半年など一定の期間を定めて雇用した労働者について、雇用期間が満了するタイミングで更新することを使用者が拒否し、雇用関係を終了させることを意味します。

これまで右肩上がりの順調な業績だったので雇用調整など考えたこともないという経営者の方ですと、何も雇用期間の途中で解雇しようというわけではなく、お互いに合意した雇用期間が満了したのだから、当然に雇用関係も終了するはずだとお考えかもしれません。

 

2 非正規雇用者に対する法的保護の強化の流れ

しかし、冒頭で述べたように労働者全体に占める非正規雇用者の割合が高くなり、その不安定な地位を保護する必要があるという社会の要請により、2008年3月には有期雇用を含む労働契約についての基本的なルールを定めた労働契約法が施行され(昭和50年の最高裁判決によって確立された解雇権濫用の法理も同法16条(「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」)として明文化されました。)、その後の2012年改正に際して、いわゆる雇止め法理として最高裁判決で確立されてきた内容が同法19条として明文化されていて、必ずしも非正規雇用者が「雇用の調整弁」として機能しない状況となっています。

 

3 雇止め法理とは?

それでは、労働契約法19条によって明文化された雇止め法理とは、実際どのようなものでしょうか、少し長いですが、条文を引用しておきます(手っ取り早く結論だけ知りたいという方は飛ばしてください。)。

 

有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

引用元:労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)施行日: 令和二年四月一日(平成三十年法律第七十一号による改正)

 

つまり、過去に何度も更新を繰り返していたり(上記一の場合)、または、上司の言動や従事している業務の内容から将来の更新を期待させるような状況にあった(上記二の場合)非正規雇用者については、契約期間が満了した後も雇用関係が続くものと期待しているであろうから、その期待に反して有期雇用契約を終了させることは、正規雇用者を解雇する場合と同じような制限がかかるということです。

なお、上記の「当該有期労働契約の更新の申込み」については、使用者による雇止めの意思表示に対して「嫌だ、困る」と言うなど、労働者による何等かの反対の意思表示が使用者に伝わるものでも構わないと解されていますので、正式な「更新の申込み」を受けていないといった反論にはあまり意味がないと思います。

 

4 まとめ

以上のとおり、経営者の方(人事部門の方)としては、これまで顧問弁護士や社会保険労務士に雇用契約書の書式を作ってもらい、それに従ってキチンと契約を締結・更新してきたのでトラブルに発展することはないとお考えかもしれませんが、士気を高めてもらおうと思って発した上司の言葉、形式的な更新手続の反復、その従事する業務の内容が臨時的なものではなく正規雇用者と同じ恒常的な業務であったことなどの過去の雇用実態が、業績が悪化した際の「雇用の調整弁」としての機能を損なう可能性があることに注意が必要です。

なお、平成25年4月1日以降に締結される期間の定めのある労働契約については、更新の有無のみならず、「更新する場合の基準に関する事項」を明示することが義務付けられていますが(労働基準法15条1項前段、同法施行規則5条1項1の2号)、その基準の一つとして「会社の経営状況」や「契約期間満了時の業務量」により判断すると明記されているかチェックしてみてください。それだけで業績悪化を理由とした「雇止め」が有効になるわけではありませんが、企業側にとって有利な交渉材料にはなるはずです。

(厚生労働省:労働契約の終了に関するルール)

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/keiyakushuryo_rule.html

(事業再生支援ブログ:いわゆる整理解雇はどのような場合に許されるのでしょうか?)

https://saisei-support.jp/blog/covid-19/termination-of-employment/