経営者は破産を回避できるの?-経営者保証GLによる保証債務整理

こんにちは。

事業再生支援グループメンバーの石井です。

 

今回の記事では、私的整理や法的整理の手続を行う中小企業の経営者が、金融機関に対する保証債務を整理する手段の一つである、「経営者保証に関するガイドライン」(以下「経営者保証GL」といいます。)についてご説明します。

 

中小企業の多くは、金融機関より融資を受けて事業を行っています。そして、多くの場合、金融機関の融資について、経営者は連帯保証人となっています。

そのため、融資を受けた中小企業が私的整理や法的整理を行うことになり、融資を全額支払うことができない状況となった場合、連帯保証人である経営者は、金融機関より、融資の残額を一括で支払うことを求められます。

 

しかし、経営者個人の資産をもって、金融機関からの融資の残額を支払うことは困難であることが一般的かと思います。それでは、経営者は、残額を支払うことができない以上、破産をするしかないでしょうか。

 

このような状況になった中小企業の経営者が、破産を回避しつつ、金融機関に対する保証債務の整理を行う制度が、「経営者保証GL」になります。以下、解説します。

 

1 経営者保証GLによる保証債務の整理方法

 

経営者保証GLは、中小企業の経営者が金融機関と締結している個人保証について、中小企業・経営者・金融機関の自主的なルールを定めたものです。法律ではないため、法的拘束力はありませんが、中小企業・経営者・金融機関が自発的に尊重し、遵守することが期待されています。

 

経営者保証GLによる保証債務の整理は、経営者保証GLの定める手続に則り、金融機関との間での協議を行う中で、弁済計画案を作成・合意し、その弁済計画に基づいた弁済(弁済がない場合もあります。)を行った後に、保証債務の残額の免除を受けることにより実現します。

 

経営者保証GLによる保証債務の整理には、いくつかの類型(特定調停を利用する場合、中小企業再生支援協議会を利用する場合等)がありますが、共通する手続の概要は以下のとおりです。

 

(1)金融機関への受任通知の送付

依頼を受けた代理人弁護士(経営者保証GLでは、「支援専門家」と言います。)から、経営者が保証人になっている金融機関に対して、受任通知を送付します。また、必要に応じて、各金融機関を訪問して手続の方針等について説明することもあります。

なお、経営者保証GLによる保証債務の整理手続を行うためには、主たる債務者である会社が、私的整理又は法的整理のいずれかの手続を行っていることが必要になります。

 

(2)経営者の個人資産の確認

支援専門家が、経営者からのヒアリング及び資料確認により、個人が有する資産(預貯金、保険、不動産、自動車、有価証券等)を調査・確認します。経営者保証GLによる保証債務の整理手続では、適時適切な開示が求められていますので、漏れがないよう慎重に確認することが必要です。

 

(3)金融機関への一次停止等の要請

経営者及び支援専門家が連名で、保証債務の整理の対象となる全ての金融機関に対して同時に、保証債務についての返済猶予等を要請する通知を送付します(これを「一時停止」といいます。)。

全ての金融機関が要請に応じた場合、その時点から一時停止の効力が生じ、保証債務の返済が猶予されることになります。また、後述する弁済計画案に基づく弁済の原資は、一時停止の効力が発生した時点の個人資産になります。そのため、一時停止の効力発生以降の収入や取得した資産は、弁済計画案において弁済原資にはなりません。

 

(4)金融機関への情報開示

経営者は、支援専門家を通じて、金融機関に対して、(2)の調査・確認に基づき、資力に関する情報を開示します。

経営者は、資力に関する情報を誠実に開示し、開示した情報の内容の正確性について表明保証を行わなければなりません。開示漏れがないよう、十分に(2)の段階で調査・確認することが重要です。

 

(5)金融機関への弁済計画案の提示

経営者及び支援専門家は、経営者保証GLの定める基準に則り、個人資産の状況、保証債務の弁済計画、残存させる資産の内容、個人資産の換価・処分の方針、保証債務の減免等の要請等を内容とする弁済計画案を作成し、金融機関に提示します。

 

(6)金融機関との協議・合意

上記(5)で提示した弁済計画案の内容について、金融機関と協議を行います。必要に応じて、金融機関が一堂に会する会議(「バンクミーティング」といいます。)を行い、弁済計画案の説明及び質疑応答を行います。

金融機関との協議に応じて、適宜弁済計画案の修正を行った上で、最終版の弁済計画案について金融機関に賛否を問うことになります。弁済計画案が成立するためには、対象となる全ての金融機関の同意が必要になります。

 

(7)弁済計画に基づく弁済・免除

上記(6)において、全ての金融機関から同意が得られた場合には、弁済計画に基づき、資産の換価・処分、金融機関への弁済を行います(個人資産の状況等によっては、弁済を行わないこともあります。)。

そして、弁済計画に基づく弁済完了後、経営者の金融機関に対する保証債務の残額は免除されます。これにより、経営者は、換価・処分の対象とならなかった資産を持ちつつ、保証債務がなくなった状態で、再スタートをすることができます。

 

2 経営者保証GLのメリット

(1)破産をせずに多額の保証債務を整理することができる

上記1で説明しましたとおり、経営者保証GLによる保証債務の整理は、金融機関との間での協議を通じて、弁済計画案を作成・合意し、その弁済計画に基づき保証債務の残額の免除を受けることになります。

そのため、会社が私的整理や法的整理を行うことになったとしても、経営者個人は、破産することなく、金融機関に対する多額の保証債務を整理することができるのです。

もっとも、対象となる債務は、原則、「金融機関に対する保証債務」になります。リース契約における保証債務や、経営者個人の借入金等の債務は、原則として対象外になりますので、必要に応じて個別に債務整理を行うことが必要です。

 

(2)破産よりも多くの資産を残すことができる

経営者保証GLでは、経営者個人が残すことのできる財産の範囲として、破産手続において残すことのできる財産(これを「自由財産」といいます。)に加えて、「一定期間の生活費」や「華美でない自宅」等の資産(これを「インセンティブ資産」といいます。)が規定されています。

インセンティブ資産の基準の詳細については、別記事に譲りますが、経営者保証GLの基準では、早期の事業再生に着手することで、残すことのできるインセンティブ資産の上限は増加するものになっています。

 

(3)信用情報登録機関に登録されない

経営者保証GLによる保証債務の整理手続を行い、保証債務の免除を受けたとしても、信用情報登録機関に事故情報として登録されない運用となっています(「債務履行完了」と登録されます。)。

そのため、保証債務の整理完了後もクレジットカードを利用することもでき、経営者の再スタートに資することになります。

 

3 早期の検討・決断の重要性

いかがでしたでしょうか。

今回の記事は、経営者保証GLの概要及びメリットについて解説しました。

 

中小企業の経営者の方の中には、会社が私的整理や法的整理をすれば、自分は破産するしかないと思い、決断できない方も少なくありません。そして、残念なことに、決断ができないまま、改善策を講じることなく事業を遂行した結果、事業価値が著しく劣化し、廃業の上で破産を余儀なくされる案件が見受けられます。

 

早期に事業再生の決断をすることで、私的整理・法的整理のいずれにおいても事業を存続し、従業員や取引先等の利害関係人への影響を最小限に抑えることができる可能性が高まります。また、上記のとおり、早期に事業再生の決断をするほど、経営者保証GLによる保証債務の整理手続において、経営者が残すことのできるインセンティブ資産の上限は増えますので、経営者の再スタートに資することになります。

そして、交渉の相手方である金融機関にとっても、経営者が早期に事業再生に着手することは、資産開示の透明性確保や経済合理性のある金額の回収が可能となる等のメリットがあります。

 

この記事を読まれた先生方が、今後事業再生についての相談を中小企業の経営者から受けた際には、経営者保証GLによる保証債務という手段があることをご説明いただき、経営者の早期の決断を支援していただけると嬉しいです。

以上